『名医の遺言』マニアル世代の医師たちへ

「文藝春秋 2017年 新年特別号」より

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   <目次

T.患者に向き合えない医師はイチから出直せ 奥野修司(ノンフィクション作家)

U.医学部で“人間”を鍛えろ 小山靖夫(栃木県立がんセンター名誉所長)

V.患者に尽くす総合医になれ 増田 進(緑陰診療所)

W.保健医療制度を改革せよ 幕内雅敏(日本赤十字社医療センター院長)

X.私の体験

Y.(追記)福島・高野病院長を臨時で2カ月 退任の中山さん「医者とは何か、学んだ」

T.患者に向き合えない医師はイチから出直せ 奥野修司(ノンフィクション作家)

最近、医療に関して身近に起こったことをいくつか挙げてみる。ある知人の大学教授は、大腸がんと診断されたが、すでに肝臓や腹膜にも転移しており、抗がん剤による化学療法しかないと言われた。しかし体力や副作用を考えると、抗がん剤は無理だと考えて断った。すると 医者は、パソコンの画面を見たまま「あと一年ですね」と言い放った。
またある年配の女性は、体がだるくてめまいがするので病院で診察を受けた。血液検査やCTを撮った結果、「どこにも異常はありません。 年のせいでしょう」と言われたという。そのとき目の前の医者がロボットに見えたそうだ。
私にも似たような経験がある。尿管結石のあまりの痛さに救急車で病院に運ばれた。その痛さはとても言葉で表現できるものではなく、私はストレッチャーの上でのたうち回っていた。だが医師はパソコンの画面を見たまま、「痛みは十段階のうち何段階ですか」と尋ねてきた。これはほんの一例に過ぎず、医者に違和感を覚えた経験がある方も多いのではないだろうか。医療とは「人間を診る」ことであって、データを分析することではない。昔は医者の前に座ると、まず素手による触 診があったが、最近はそんな医者も少なくなった。あらゆることが数値化、デジタル化できると錯覚しているのかもしれない。
医療にはEBM(エビデンス=科学的根拠に基づく医療)とNBM(物語に基づく医療)があり、後者は病気について「患者が語る物語」を医師と共有するという意味で、両者は補完関係にある。ところで、ところが日本ではエビデンスばかりが重硬されてきたように思える。国立大学の医学部で教養課程が二年から一年に短縮される動きが目立ち、人間性を育む機 会が軽視されるなど、NBMを重視する世界と逆行する動きが目立っているのも不気味だ。
その他にも、膨れ上がる医癒費、高額な新薬や治療法への賛否、過疎地域の医師不足など日本の医療には問題が山積している。 医療の何かがおかしい。なぜおかしくなったのか。そしてどうあるべきなのか。
今回は、多くの患者からも畏敬の念を持たれ、名医といわれる三人のドクターに話を聞いた。

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U.医学部で“人間”を鍛えろ 小山靖夫(栃木県立がんセンター名誉所長)

栃木県立がんセンター名誉所長・ 小山靖夫氏(87)は、消化器系外科医として腕をふるい、共に仕事をした医療者は誰もが尊敬の念を抱くといわれる人物だ。入学した岡山大学では、奨学金がもらえるというので 精神科を目指したが、岡山県の水島工業地帯で、貧困者の治療をするうちに「診断結果がよくわかる」外科を目指すことになった。大阪大学第二外科教室に入り、一九六二年に国立がんセンターに勤務する。八六年に栃木県立がんセンター病院長に就任し、九七年に退職した。 現在は同センター内の『こやま文庫』にカフェを開き毎週水曜日の午後、無料でがん患者の相談を受けている。その小山氏に、なぜ患者の気持ちを無視するような医師が増えているのか、疑問をぶつけた。「いま医師と患者さんの感覚に大きなギャップが生まれています。医師がパソコンの画面に向かったまま、がん患者さんに余命を告げるなどというのは決してあってはならないことですが、日常の診療の中で起こるようになってしまった。こうした話を聞くようになったのは、近年、医療の専門化が進んできてからのように思います。専門化は世界中で起きている現象ですが、日本は特に医学部の教育に問題があるのではないでしょうか。今の大学には『悪い医者』の典型のような教授が多すぎます。細かい専門領域にはまり込んで外の空 気?に触れず、患者さんが一人の人 間であることを忘れ、人と人との関わりをトータルに見る視点がないのです。そういった臨床経験に乏しい教授が確実に増えています。もちろん専門領域を研究するのはいいのですが、それだけで臨床医を育てることはできません。臨床医は『医師』と『患者』の関係を抜きにはできないという根本的なことに今の大学教授は気づいておらず、それを学生に教えていないのです。 米国の医学教育も手放しでは評価できませんが、うらやましく思うのは文系、理系を問わず四年の学部を卒業してから、医師になる課程に入っていく点です。一度他の分野を覗いたり、社会に出てから医師になるので、患者さんと接するスキルも備わっている。ところが日本の場合は高校を卒業していきなり医学部です。これまでは大学に二年間の教養課程があり、そこで人間としての常識を学んだのに、最近は教養課程を短くするとい う馬鹿なことを始めでいます。これでは一人の人間として患者を診るこ ができない医師を増やすだけで、絶対に止めるべきでしょう。この背景には学校や家庭の医学部信仰も影響しているのかもしれません。最近は高校で成績がいいと教師が『医学部へ行け』なんて薦めるようですが、これはちょっとおかしいですよ。私たちの時代には考えられない。医学部に行くのは医者の息子の息子か、医療という行為や生き物に興味を持つ学生が多かった。私が物理学や化学などの純粋なサイエンスではなく、医学の道に進んだのは生物が好きだったからです。医療というのは本来、理詰めだけでは理解したり、解決できないところがたくさんある学問です。患者さんと向き合い、試行錯誤しながら自分自身を修練させていかなくてはなりません。そのことを理解できず、人間と話をするのが嫌いだという人は、医師に向いていません。若い医師は昔のように上司の顔色を窺って物を言う人が少なくなり、うちの病院でもカンファレンスでも自由闊達に議論ができる人が増えました。これは評価できます。しかし、基礎的な知識がなくてトンチンカンな発言をしたり、患者さんの視点に立った説明ができない若手が増えているのも事実です。
抗がん剤治療における説明不足が問題になるのも、患者さんをひとりひちりの人間として接する姿勢の欠如が原因と言えるかもしれません。
例えば、抗がん剤治療を受けている患者さんには、効果も出ないのに副作用ばかり出て嫌だという方は多いはずです。そういった患者さんに『これまでの抗がん蔵が効かなかったので、新しい薬でやりましょう』と機械的に提案しても、『本当に効くの? むしろ治療をやめて好きな とをしたほうがいいかもしれない』と疑われてしまうのは当然。
抗がん剤の奏効率(治療後にがん細胞が縮小もしくは消滅した患者の割合)何%というデータがあるとしても、実際に患者さんに使ってみないと効くかどうか分からないことが多い。だったら、『使える薬はこれだけ残っていますが、どの薬に効果があるのかは治療を始めてみなければわからないんですよ』、『他の抗がん剤を試しても延命につながるかどうか分かりません。副作用は必ず出ますが、どうしますか?』と本音で話し合えばいいのです。それを沽券にかかわるとか、権威が地に落ちるとか医師としてのプライドに気をとられ、患者さんを上から見下ろす気持ちがあるから 直に話すことができなくなっているのです。
患者の物語に耳を傾けよ
医師が自分の意見や提案を聞いてもらうには、まずは患者さんの言葉に耳を傾けることが肝要です。患者さんが自分の話す『病気に関する 語』を医師と共有できたと感じれ ば、それまで溜め込んでいたものを 吐き出してくれ、患者さんとの関係はいっぺんに変わります。 この『こやま文庫』のカフェには、栃木県立がんセンターだけでなく、外部の病院にかかっている患者さんも結構やってきます。がんを患った方のまわりに、家族など隠し事なしに相談できる相手がいる場合は救われますが、そうでなければ主治医に頼るしかありません。その医師とコミュニケーションがとれなければ、患者さんは孤独になってしまう。ここは『なんでも気軽にお話しできますよ』という場所ですから、 お茶を飲み、駄菓子を食べながら、 直接医師に訊けないことを患者さん同士で話し合ってもいいし、私に話しかけてくれてもいい。こわばった顔で来た人も、帰るときはすっかり顔つきが変わっていますよ」。小山氏は患者の気持ちがわからない医師が増えたことで、日本社会の中で医療への信頼が崩れてきていると考えている。そのわかりやすい例が、増大する医療費への冷たい視線だろう。
医療費増加の要因を高齢化と結びつける報道が相次いでいるが、高齢化率を考えると他の先進国に比べても決して高い数字ではない。 医漂費急増の原因とされる高齢化率は、二〇一四年で米国一四・七 %、ドイツ二一・二%、フランス一九・一%に対して日本は二六・三%と断トツだが、GDP占める医療費は一一・四%。これに対して米国一七・四%、ドイツ一一・〇%、フ ランス一〇・三%となっている。
つまり日本は高齢化が進んでいるわりに、医癒費はかかっていない。にもかかわらず批判が絶えないのは、患者を含めた社会の医療不信があるからなのだ。 「これ以上、患者さんの気持ちを理解できない医師が増えると、『医師を信頼できない』という困った世の中になる恐れがあります。そうなると患者さんはさらに不安になり、自分で様々な情報を集めようとする。最近は特にインターネットに情報が氾濫しており、いい加減な情報もごまんとあります。専門的な医療情報の正確さを素人が判別することは難しく、誤った情報やバイアスのかか った記事に惑わされてしまう。
誤解を招くという意味では、雑誌などで病院をランク付けした記事にも注意が必要です。日本の代表的な病院を〈手術数〉や〈手術死亡率)〈五年生存率)といった数値によって順位付けした病院ランキングをよく見かけます。手術の上手下手が数字で比較され、患者さんは自分の治療目的にかなった病院を選べるとあって人気があるようですが、実際はそれほど単純ではありません。数字だけを表面的に並べてもわからないことはいっぱいある。例えば、がんの場合、地域や病院 の特性によって患者さんの状態が異なります。がんを専門にする病院でも、ある病院は早期のがん患者さんが集まりやすく、他ではステージの進行した患者さんが多いといったケースがある。ステージIのような軽度のがん患者さんが多いと、当然五年生存率も高くなります。評判の良い病院は早期がんが多くなる傾向にあるので、必然的に全体の成績=数値が良くなる。日本全体でも五年生存率は高くなっていますが、これは 早期発見の比率が増えたためで、治療が進歩したからではないのです。
ステージWのがん患者さんは、発見されたとき、すでに根治的治療法が失われているので、この生存率が上がれば理想的なのですが、その数値はどの病院でもまったく改善されていません。つまり医師の技術や病院の体制の優劣ではなく、受診時の患者さんの状態いかんで数値が大きく変わってくるのです。
患者さんの気持ちを考えない医師が増えている現状では、数字で病院を選びたくなる気持ちも理解できますが、それを鵜呑みにして病院の良し悪しを決めるのは危険です。
私は八十七歳です。歳をとれば病気になるのは当たり前で、私も前立腺がんになりました。放射線治療とホルモン療法を続けて、もう三年になるでしょうか。二人に一人はがんになる世の中で、死ぬまで健康であり続けられるというのは空想です。 ややもすると、『病人や年寄りは世の中のお荷物』という発想になりかねません。だからこそ、医療と社会の信頼を再構築していくことが急務であり、そのための第一歩は医師が患者さんを一人の人間として診ることだと思います』

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V.患者に尽くす総合医になれ 増田 進(緑陰診療所)
「今の医療は患者をモルモットにしていますよ。採血してデータに異常があれば病名を当てはめ、マニュアル通りの施術を適用する。あとは野 となれ山となれ。こんな無責任な医 療には、とてもじゃないが付き合っていられません。だからこんな田舎で、国の医療システムとは関係なしに患者さんを診ているんです」 こう語るのは、地域医療のパイオ ニアといわれる増田進氏(83)だ。 東北大学医学部を卒業後、六三年に岩手県沢内村(現・西和賀町)の旧沢内病院に赴任。村役場の健康管理課長を兼任しながら医療、保健、福祉を一体化させた「沢内方式」を確立した。当時の沢内村は、老人医療費無料化や早期検診など独自の施策を打ち出し、国の老人保健事業にも大きな影響を与えた。その屋台骨を支えたのが増田氏だった。現在は西和賀町のホテル内に「緑陰診療所」を開院し、鍼治療を中心とした自由診癖を行っている増田氏に、「本当に患者の役に立つ医療とは何か」と尋ねてみた。「患者さんが求めているのは、体や心、そして自分の生活まで視野に入れて面倒を見てくれる誰かです。その求めに応えられるのは、知識や技術を専門的に学び、マニュアル化した治療方法に慣れ切った医師ではない。本当の意味での総合医です。
僕が沢内病院にいたときは、『一人総合病院』なんて笑っていたぐらいで、本当になんでもやりました。
頭も胸も開けたし、耳も眼も診た。 本当に専門医が必要な患者さんは一 %ぐらいなんです。やろうと思えば九九%の病気や怪我は総合医で対処できると思います。 僕が医者になった頃(一九五八 年)は、世の中に内科と外科しかありませんでした。インターンの頃に麻酔科が独立し、同時に胸部外科ができ、それから心臓外科ができました。その頃から次々に専門分化が進みましたが、中でも僕が納得できないのが心療内科です。心療内科が診る病気は医者なら誰でも診察できなければいけないと思うのですが、専門家を育てるようになったために医者が患者と会話をしなくなってしまった。所定の薬を出して症状が改善しなければ『精神的なものだね』と心療内科に回し、あとは心療内科が薬を処方するだけ。ひどい話です。 地域に根ざした町の医者は、本当の意味で患者に尽くせる総合医であるべきです。総合医なら患者さんの顔を見て、話を聞き、その体に触ればほぼ診断がつきます。検査は正確を期すための補助手段に過ぎません。専門医はこれができない。ところが、今は町医者も専門医の看板を掲げています。総合医は専門医よりはるかに難しいのに、現実には専門医の一部、もしくは下部の扱いとなってしまっています。 ある偉い医者が『僕が専門医なのは総合医が怖いからだ』と言っていたことがありました。専門医は患者さんを自分の診療範囲で診て、原因がわからなければ他の科へ送ればいい。だけど総合医は、あらゆる知識、経験を総動員して診断しなくては、みんあいけない。これが難しいからみんな専門医になりたがるのです。
専門化が進んでどうなったかといえば、大病院や大学病院は流れ作業になりました。挙げ句の果てに臓器を間違えて取ったり……。
「患者が怖い」若手医師
こんな笑い話があります。ある患者さんが『腰が痛い』というので、 担当医はMRIを撮ってヘルニアと診断し、手術をした。ところが『まだ痛い』というので、再度MRIを撮ったが、異常がないので『治ってます』と言ったとか。この医者は何を治したんでしょうか。手術後に患者さんが『痛い』と訴えているのに、『問題ありません』と告げるなんてサギみたいなものですよ。 専門医になったために、患者さんとの信頼関係を築けなくなっている と思うことがあります。例えば、最近の若い医者は『患者が怖い』と言います。『先生、訴えられたらどうするんですか?』よ。国が定めたマニュアルにすがるのも、保身に走るせいです。患者さんが怖いのは信頼関係がないから。信頼関係は、こちらが患者さんを信頼して一歩を踏み出さないと築けるものではありません。専門バカになると、自分の専門領域以外は自信がないから、その一歩を踏み出せない。怖がって一歩引いたら何もできません。いくらテクノロジーが進歩しても、患者さんを診るのは人間です。その医者に人間性が育っていなければ、患者さんと向き合えないでしょう? 沢内村に僕も感心したおばあさんがいました。病院に入院したある若い女性が、がんとわかって半狂乱になってしまい、家族も看護師も手が付けられなかった。そこへ他の病室のおばあさんがやって来て、『さあ 念仏を唱えなさい。死ぬのは怖くないよ』って優しく声をかけたんです。それだけでその女性はすっと落ち着いた。あの言葉と態度こそ本当のターミナルケアだと思います。今の医者には到底真似できませんよ」
一九六〇年、沢内村で老人の医療費が無料化された。六九年には東京都が追随し、七三年には国も実施した。無料化で沢内村の老人医癒費は二・四倍になったが、国は実に五・五倍にも高騰し、十年後には一部有料化に切り替わった。なぜ沢内村に比べて国の医療費は高騰し続けたのか。増田氏は、国や他の地域には 「患者のために」という視点が欠けていたと考えている。「沢内病院の副院長に就任した六三年、村の健康管理課長も兼任しました。面白いのは、課長になると病院の患者さんだけでなく、住民全体に対して責任を持つわけです。つまり視点が病院から離れて地域に向かった。そして、地域の人々の健康に貢献すべきだと考えるようになった。そして全住民の健康管理台帳を作って予防活動を始めました。特に病 気の早期発見は徹底的にやった。当時は補助金による検診が始まっていたのですが、個別に実施されていたものをまとめ、一年に一回病院に泊まってもらって『人間ドック』を始めた。看護師や検査技師を含めた医 療者全員に、この仕事が誰のためなのかをわかってもらうために検査も流れ作業にせず、住民と顔を合わせるようにしました。老人医療費は無料にしたけれど、予防に力を入れたため全体の医癒費はそれほど上がらなかったのです。 老人保健法が実施される時、当時の厚生省は沢内村から資料を持っていき、それをベースに基本健診を始めたのです。ところが沢内村を出た 瞬間、健診は『患者探し』になってしまった。それまで普通に暮らしていた人たちを『太り過ぎ』『コレステロールが高い』と脅かし、薬を出すシステムを作ったのです。 人間ドックが病気の早期発見に役立つのは確かですが、多少数値が高いからといって、元気に暮らしている人を病気の予備軍?に仕立て上げるなんて、とんでもない話。データなんてうんと甘く見なければ、みんな病人になってしまいます。 検査で引っかかった人が、治療を受けるのと受けないのではどっちが長生きするか比べたほうがいい。糖尿病の治癒でインシュリンを打って、低血糖で早く死ぬ人もいます。 日本は世界一の長寿国なんだから、人間をもっと放牧?してみたらどうでしょうか。    福祉と医療を病院が一括して面倒を見ていた『沢内方式』は、八九年に『ゴールドプラン(高齢者保健福祉推進十か年戦略)』ができたことで潰れました。医療と福祉を分けたからです。国の狙いは、病院に来るお年寄りを福祉に回すことで老人医療費を削減することでした。
ところが、医療費が下がるどころか両方とも増えた。老人は安心のために医療と福祉双方を利用し、二股をかけたのです。さらに病院から福祉を分離させたことで、『病院は福祉のことを考えずに黙って患者を診ればいい。もっと収入を上げて黒字にしろ』と言われるようになった。でもよく考えてください。病院が黒字になるのは病人が増え、その地域が不健康になるということです。 私たちがやった早期発見や予防は住民を健康にするため。住民が健康になれば病院は赤字になるので、住民を健康にするための地域医療をやりながら、病院を黒字にしろと言われても困るのです。
老人医療費無料化も、住民の健康管理をしながら、医療と福祉・保健を一体にした運営があればこそ可能でした。それを、医療機関が儲けようと待ち構えているところに、老人医療無料化だけ放り込んでは、破綻するのも当然です。今の日本は医者個人も、医療制度も、本当の意味で患者のためのものになっていないことが不幸です。
昔、地域医療のシンポジウムで若い医師にこんなことを言いました。『金と名誉を一回捨ててごらん。そうしたら、新しい世界が開けるよ』
金と名誉を考えなければ、医者ほど幸せな職業はないのです。この診療所ではね、調子が悪ければ患者さんに文句を言われ、よければ『おかげさんで』と言われる。手応えが伝わってくるから面白いんだ。そういう 面白さを、今の若い医者は知ってほしいですね。─次号へつづくー

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W.保健医療制度を改革せよ 幕内雅敏(日本赤十字社医療センター院長)

幕内雅敏氏(70)。東京大学名誉教授で、肝臓がん手術の世界的権威だ。東大退官後は日本赤十字社医療センター院長を十年にわたり務めている。一九九三年に世界で初めて成人生体肝移植の手術を成功させたほか、「術中エコーによる幕内方式」など「世界初」の手術法を数多く考案して、肝臓がん手術の分野で世界的に評価されている。 七十歳になった現在も、全国から難しい手術の依頼が後を絶たず、週に五例の手術をこなしている。インタビュー前日も夕方五時半まで手術をしていたという幕内氏に、外科医、そして病院を経営する立場から、保険医療制度が抱える問題点と改善方法について語ってもらった。「深刻な問題なのは、医師の偏在ですよ。一九八〇年代には毎年二千百人もの医師が日本外科学会に入会し ていたのに、九〇年代から減少し始め、〇四年には五百人まで激減。現在は千人前後を保っていますが、圧倒的に数が足りません。なぜこんなことになったかといえば、若い人が 『ラクをして儲かる職場・診癒科』を志向するようになったからです。 私が大学を卒業した頃は、まずどこかの医局に入局しました。右も左もわからないうちにその医局で知識と技術と経験を叩き込まれ、診療の楽しさや手術の道を究める喜びなどを教えられました。

今は医局に所属せずどの科を選んでもいいから、学生が何を考えるかというと、どの科へ行ったらラクして儲けることができるかを計算するわけです。これは難しいことではない。初期研修で多くの科を回れば、自ずとわかってきます。最近、美容外科などを目指す人が増えているのも儲かるからでしょう。一般外科を選ばないのは、仕事がしんどくてお金にならないから。単純です。儲かるか、儲からないか。そんな矯小な学生たちの考えによって医療制度全体が歪んでしまっているのです。 これは典型的な例ですが、一時期眼科が学生の人気を集めました。これは白内障の手術がそれほど難しくないわりに点数が非常に高く、五分 で白内障の手術をやってのける大家などが、ものすごく稼いでいることが有名だったからです。のちに診療点数をドーンと落としたらすっかり人気がなくなった。八〇年代中ごろ に、今後は老人が増えると言われだすと、整形外科の人気が急速に高まったのも同じ現象です。若い人たちはどの分野の医師がどれぐらい稼げるかということに敏感なのです。 国は毎年医師の数を増やしていますが、増えるのは整形外科や美容外科のようにラクして儲かる診癒科ばかり。外科や救急のように3Kの分野は志望者が減ったままです。どこの科にどれぐらいの医師が必要とされているかはとても重要なことですから、政府は適正な医師の配分をもっとクールに定めるべきです。

では具体的にどうすればいいか。 外科など人気のない診療科の医師を一定数確保していくためには、現場で奮闘する勤務医の収入を上げること、つまり診療報酬や病院給与システムを変えなくてはいけません。

現在、公的病院の給与システムは基本的に誰が何をやっても平等。差がつくとすれば時間外労働だけで、これまで何件の手術をしたかといった経験値は給与に反映されません。これは日本の医療界に『技術料』という概念がないからです。 私の専門分野である肝臓がんを例 に考えてみましょう。私が執刀した肝臓がんの手術で、一番多く取った腫瘍の数は、大腸がんの肝転移で九十七個、神経内分泌腫瘍の肝転移で百八十五個です。自分で言うのも変ですが、九十七個なんていう数を取った医師は我々のチームで学んだ者以外ではおそらくいないはずで、これだけ取って患者が死ななかったの は世界記録です。肝転移の手術で五年生存が出る限界が三十個ですが、三十個の転移がんを取れる人が日本に何人いるかといえば、私を含めてわずかでしょう。それだけ同じ外科医でも技術に差があるのです。しかし、医療保険には高度な技術を評価する基準がなく、病院の給与にも技術への評価はありません。三 十個の転移がんを切除できる人の手術の値段と、外科医になったばかりの人の手術の値段が同じなのです。学会は、手術が適切に行われたかを検証するためにナショナルクリニカルデータベース(外科手術・治療情報のビッグデータ)事業を行っています。そのデータを使えば簡単に医師の評価ができるし、適切な評価をすれば医師はもっと技術を習得しようと頑張るでしょう。そして結果的によりよい医療を提供できることになり、それは患者のためになる。 ところが国はやろうとしません。これではいくら医師の数を増やしても、外科医が増えることはない。医師偏在を解消するための『技術料』の導入を検討すべき時期なのです。

手術のできない外料教授

もうひとつ幕内氏が批判するのが大学病院のあり方だ。大学病院は後進の育成にあたる教育機関、最新医療の研究拠点であり、そして地域における最高の医療機関でもある。医療制度の一大拠点と言ってよい場所だろう。だが、大学内で看過できない劣化現象が続いているという。「手術のできない外科教授?が多過ぎるのです。一般に大学病院の外科の教授となれば、最高の医療技術を持っていると思われているでしょう。しかし、実際はまともに手術ができない教授がいることはほとんど知られていない。 外科の教授には、教室のリーダー として医局員に外科手術を教え、未来の優れた外科医を育てる使命があります。自分の専門領域であれば、たとえ困難な手術でも新しい発想で手術方法を考え、患者の会を救うの が教授の役目です。それなのに、手術がヘタクソ、ましてや手術室に来ないという教授が大学病院で大手を振っている。そんな奴は『クビにしろ』と言いたいのです。また、そういった教授の下では医局員の指導体制が整ってないから、カルテの記載も不備が多いそうです。これではまともな臨床研究が出来るはずがありません。 外科教授が手術ができなくて学生 や後輩に何を教えるのでしょうか。手術室で勝負ができない教授が若手を教育しているから、基本的な手順さえ知らない外科医が出てくる。ありえないようなことが日本の医学界 で起こっているのです。 群馬大学病院で腹腔鏡手術や開腹手術で多くの患者さんが亡くなりました。患者への説明不足など様々な原因があるでしょうが、あの大学で指導的立場にある教授は、あまり手術場に来なかったといわれ、過去に懲戒処分を受けているような人物で す。それでも教授会に自浄作用がなく、解雇できない。しかも、その教授は日本外科学会の中でも枢要なポストに就いています。そういう教授の下にいる医局員は気の毒としかいいようがない。手術の腕がどんどん落ちるし、真面目に手術に向き合う外科医は居づらくな ってしまう。こうして悪貨が良貨を駆逐するように、手術ができる人は みんな外に出て行ってしまうのです。死亡事故が続出したのも当然の帰結と言っていいでしょう。

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X.私の体験
私も、寄る年波の所為で、人並みに定期的に通院をしている。お蔭様でまあまあ器質的な疾患はなく、日々、元気に過ごしている積りである。これまで、主治医による血液検査で、クレアチニンと血圧が気になると言われていたが、直近の検査で「カリウム値」も基準値を超えた。
そこで、念のため、地元の病院(≠医院)の泌尿器科を受診した。
循環器専門医は採血結果を見て、「野菜の取り過ぎが原因」「適当に食べること、何物も食べ過ぎは禁物」「塩分、血圧(血圧手帳には全く関心を示さず、読み取ることもなかった)も関係する」そして結論は「81歳になったらこんなもんですよ」と言われた。
私は困った。
(1) カリウムは野菜、果物、肉殆どの食物に全てに含まれている。こうした中で「適当とは何か、食べ過ぎないにはどうしたら良い」のか。全く分からない。
(2)原因は野菜だけか。今、処方されている降圧剤「オルメテック(ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)」との関わりはないか。
(3)不整脈(今は、幸いなことに「細動はない」)との関連はどうか
(4)高カリウム血症の惹き起す症状(最悪は心停止に至り、突然死)
(5)採血の際の、不具合はないか(「仮性高カリウム判断」に繋がる)
(6)一般に、eGFRcreatがStage3の段階で、腎臓専門医に相談するように示されている
などには全く触れない。
この程度のことは、ズブの素人でも、昨今は常識レベルで知っていて、やはり、気になるから、前述の診断では、どうしたら良いのか分からず困ったのである。
それにしても、「81歳になったらこんなもんですよ」とは余りにも酷い。酷い、非道い、ヒドイ、と変換の限りを尽くさざるを得ないほどにシドイ。
T.で記述の「ある知人の大学教授は、大腸がんと診断されたが、すでに肝臓や腹膜にも転移しており、抗がん剤による化学療法しかないと言われた。しかし体力や副作用を考えると、抗がん剤は無理だと考えて断った。すると 医者は、パソコンの画面を見たまま「あと一年ですね」と言い放った」と同レベルの酷さであろう。私にも「目の前の医者が、簡単な会話だけできるロボットに見えたのである」。ご参考までに、私の三日前の実体験示します。

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Y.(追記)福島・高野病院長を臨時で2カ月 退任の中山さん「医者とは何か、学んだ」
福島県広野町にある高野病院の院長を臨時で務めている中山祐次郎医師(36)は今月末に二カ月の任期を終える。病院は東京電力福島第一原発事故後も患者の治療を続けていたが、昨年末に高野英男院長=当時(81)=が亡くなり、中山医師が来るまで常勤医が不在だった。四月には新たな院長と常勤医が着任する。後任に引き継ぐ中山さんは「この病院で医者とは何か、人の命とは何かを学んだ」と話す。 (片山夏子)
 高野病院は百人を超える入院患者がいる。東京都立駒込病院を退職し、二月一日に院長に就任した中山さんは「自分に何かできればと院長を引き受けたが、百人の患者の主治医になるプレッシャーは大きかった」と振り返った。
 業務は驚くほど多岐にわたった。「前院長は年間百日の当直をこなし、救急患者を受け入れ、地域で亡くなった人の遺体の検案をし、百人の患者の主治医だった。三、四人分の仕事。一人でできる仕事量ではない」。判断に迷うこともたびたびある。そんな時は「看護師、管理栄養士、事務員など、みんなを巻き込んだ」と中山さんは笑う。
 寝たきりや認知症の高齢患者も多い。認知症の患者とうまく会話ができずに悩んだ。しかし、看護師が患者と会話するのを目の当たりにして「きっちりコミュニケーションをしている。まるで家族のように接している」と驚いたという。
 専門の外科以外の治療も多かった。病院には放射線技師がいないため、エックス線撮影やコンピューター断層撮影(CT)検査も医師がする。診断や治療法が分からない場合は知人の医師らにメールや電話をした。
 カルテを見ると、高野前院長が緻密に患者を見ていたことが分かる。認知症の高齢者との会話、食事の介助…。看護師らが患者を事細かに把握していることにも驚いた。高野前院長は看護師に「できる限り患者のそばにいなさい」と言っていたといい、自身も病室で患者や家族と話す時間が増えた。
 院長就任後、止めていた新規患者の外来受け付けを再開すると、訪れた住民から「一カ月困ったよ」と言われた。救急患者の受け入れも再開し、除染や原発の作業員の治療もした。近隣八町村の双葉郡で頑張っている診療所もあるが、入院ができるのは高野病院のみ。目の回るような忙しさの中で、この地域における高野病院の必要性を肌で感じた。
 東京での勤務医生活から、百八十度違う環境で医療に携わり、命との向き合い方も変わった。「患者と過ごす時間も増え、医師として大きな影響を受けた。高齢患者を診る中で人間の尊厳、人間が生きるということを日々考えるようになった」。バトンタッチする新院長のほか、福島県立医大からも常勤医が一人派遣される。中山さんは二人と月末に会う予定だ。

【東京新聞 2017年3月26日】

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